西穂山荘にて



厳冬期の北アルプス穂高連邦西穂高岳稜線。
通常なら厳冬期の穂高連邦に入山できるのはごく限られた登山者のみです。それでも私のような者がこの時期に西穂高岳にアタックできるのは、通年営業の西穂山荘があるおかげです。普段の登山記録では西穂山荘でのひとときについてはあまり記載していないので、シーズンが終わった今日この頃、山荘でのひとときについて書きたいと思います。


★★★ 厳冬期の西穂山荘でのとある一日 ★★★



今日もザックを背負って西穂山荘直下の急登をゆっくり登って行きます。空は厳冬期特有の鉛色。雪は降雪してから少し時間が経っているようでラッセルではないため安心します。もちろんワカンも持ってきているのでいざという時はワカンを履きます。

雪は消音効果があるのでしょうか、とても静かです。 他に上り下りする登山者がいないので聞こえるのは自分が歩く音のみです。気に入った光景が現れたらすかさず手持ちのカメラで写真を撮ります。

さて、ロープウェイから1時間くらい登ってきたところで、西穂山荘が見えてきました。

今日は雪に覆われていて真っ白です。
厳冬期は夏道と若干異なり診療所脇から山荘へ下りていく形になります。
山荘前には恒例の巨大な雪だるまが設置されています。今日は天候が悪く登山者もいないのでなんだか寂しそうです。



西穂山荘前まで歩いていき、ここでザックと一眼レフが入った前掛けのケースをおろします。やっと一息つける瞬間です。荷物の総重量は20kgあるかないかでしょうか。ロープウェイの荷物料を支払う基準の6kgは絶対に超えているので、毎回測量はせずに無条件で荷物券を購入しています。一度ザックだけ測った時には15、6kgだったのを記憶しています。これに一眼レフと望遠レンズが入るので20kg程度ではないかと思います。

さて、今は登ってきて体が温まっていますがすぐに冷えてくるので山荘の中に入ります。アイゼンを外し、ストックなどと一緒に荷物置き場に置きます。改めてザックやカメラケースを持つと重いこと重いこと。山荘に到着したという安心感からか力が抜けてしまったのでしょうか。

一通り済ませたら重い荷物を持って山荘の中に入っていきます。厳冬期は本館入り口は雪で埋まっているので、別館レストハウスが入り口になっています。西穂山荘の中は暖かくて凍りつくような寒さの中を歩いてきた者にとっては本当に心が休まります。

「こんにちは〜!」

「あ〜、どうもお疲れ様です!」

西穂山荘に宿泊するのはもう30回近くになりました。なので常連という部類になれたのでしょうか。とにかく名乗らなくても誰なのか分かってもらえます。


「今日は荒れていますね〜」

「明日は天気良くなるようですよ〜 登山道どうでした?」

「そうですね、思った以上に雪は締まっていて歩きやすかったですよ」


こんな会話をしながら最初に受付をします。
山荘に到着するのは昼過ぎなので、あの有名な西穂ラーメンを注文します。これがまた美味しいんですね。ついでにチューハイも買って水分補給もします。


少し休憩した後、今日の方が天気が良ければ稜線まで出るのですが、今回は明日の方が天気が良いので部屋に上がることにします。

通常だとトイレや乾燥室の場所の案内などのオリエンテーションをした後、宿泊する部屋に案内してもらうのですが、もはやその必要もなく部屋と布団の場所だけ教えてもらいます。

冬季は基本的には別館で対応します。教えてもらった部屋に行き着替えを済ませたり荷物の整理をしたりします。布団の場所は指定されているときもありますし、厳冬期は宿泊者が私一人なんてこともあるので、好きな場所を使ってくださいということもあります。私は最初に布団を敷いてセッティングしてしまいます。

さて、ひととおり落ち着いたら1階のレストハウスへ降りていき、私の冬山のもう一つの楽しみ「雪見酒」を始めます。レストハウスの一番奥の窓からは焼岳の方面の樹林帯が見えて眺めがよいので私のお気に入りのスペースです。
あぐらをかいて横向きに座り、酒は麓で買ってきた「大信州」、肴は雪景色。この日本酒はもともと自分好みでおいしいのですが、この冬の山小屋の雰囲気が一層おいしさを際立たせます。売店でおつまみになる軽食も注文できます。個人的には炙りチャーシューがお気に入りです。
ときどき、雲が切れて日が差してくると正面に霞沢岳が綺麗に見えてきます。


雪景色はいつまで見ていても飽きないですが、時には書庫にある「岳」を読んだりもします。岳で描かれているまさにその現場にいるということや酒も入っていることもあり何だかいつもより情に入ってしまい目頭が熱くなったりします。

酒を始めるのはだいたい14時過ぎくらい。厳冬期の夕食は17時なので3時間くらい呑んでいるでしょうか。最初のころは夕食まで仮眠していたのですが今はそのまま夕食まで呑んでいることが多いです。宿泊人数が多いときは食事の準備のために一旦レストハウスから出ますが、厳冬期の人数が少ないときはそのまま座っていられます。

徐々に外が暗くなってきます。
今日は典型的な厳冬期の冬空。期待はしていませんでしたが夕日も見れません。でも、そんな厳しい冬の気候が自分にとってはむしろ心地よいです。

「夕食の準備ができました~」

気づけばもうそんな時間になっていました。

テーブルを見ると3名分の食事が用意されています。今日の宿泊者は私と一組のご夫婦のようです。

「明日上られるのですか?」

「そうなんです。まあ、天候にもよりますが、とりあえず独標まで登ってみてその時の様子で先へ行くか戻るか判断しようと思っています」

「頂上まで行かれるのですか!?」

「天候と雪のコンディション次第ですね。ただ、この時期はなかなか頂上まで行かれるコンディションにならないですね。どちらかというと3月に入ってからのほうが気候が安定してくるので頂上まで行かれる確率が高くなりますよ。やはり明日登るのですか?」

「そうなんです。でも私たちは独標までです。そこから先は無理ですね(笑)」


こんな会話をしながら夕食をいただきます。
夕食はとてもおいしくて厳冬期の山小屋であることを一瞬忘れさせてしまいます。


食後はその時によっていろいろ。
その場にいる登山者とお話しするときもあるし、酒の続きをすることもあるし。

一緒に食事したご夫婦は、明日に備えて休まれるということで部屋に戻りました。さて、消灯までまだ時間があるので酒でも呑みましょうか。
普段だとこの時間に就寝することなんて絶対ないので、とりあえずテレビのニュースでも見ながらチビチビと呑みます。

外を見ると吹雪のようです。ということは明日はラッセルかな・・・ なんて想像しながら。

19時には売店が閉まるので、その前にコーヒーを注文しておきます。自分的には最後にコーヒーがないと何となく落ち着かないんですよね。以前は炊事道具一式持って来て雪を溶かしてコーヒーとか入れていたのですが、最近は軽量化重視(酒重視??)で持って来ていないんですね。

さて、そろそろ酒もなくなってきたことだし部屋で寝ることにします。厳冬期の山小屋ですが寒かったことは一度もありません。もちろんその人によって違うので何とも言えませんが、必要であれば湯たんぽとかも貸し出ししているようです。


翌日は予報通り晴れてくれるでしょうか?期待を寄せて眠りに落ちます。



こうやって我々宿泊者は何事もなかったかのように小屋に宿泊し、翌日は稜線に向かっていくわけです。

「だって、それは当然でしょ。我々は客であって登山が目的なんだから」

もちろんその通りだし、その考えを否定するつもりはありません。

でも少し視点を変えてみましょう。私たちはある意味プライドをかけて無雪期でも困難とされている西穂高岳を積雪期にアタックします。そしてそれと同じ、いやそれ以上の熱意やプロ意識をもって山荘のスタッフの皆様は山小屋での仕事をされているのだということに気付かされます。

例えば積雪期はヘリコプターを飛ばすことができません。つまり全ての物資をロープウェイから歩荷で運ばなければなりません。時々下山時に樹林帯で歩荷中のスタッフの皆様とお会いすることがあります。歩荷を減らしたいなら「厳冬期は軽食の提供はなし」「食事はカレーのみ」「お米は各自持参」なんてこともできるかもしれません。でも西穂山荘は厳冬期でも豊富な軽食、美味しい晩御飯、たくさんの飲み物が用意されています。




あるいは登山者の安全を守るために降雪の状況に応じて適宜ルートの再設定をしています。だからこを安心して山荘まで登っていくことができます。「冬山はスリーシーズンと違い、いわばバリエーションなのだからルートファインディングも自己責任です」と言うこともできるのかもしれませんが、そのようなことはせず常に登山者の安全を確保してくれています。降雪後でトレースが消えていることはよくありますが、初めてくる登山者でもルート上に設置された旗を辿りながら 迷うことなく山荘まで上がることができます。




スタッフがたくさんの大型ポリバケツに雪を詰めて小屋の中に運んできたことがありました。雪を融かして飲食以外の生活用水にするとのことです。水源が確保できない冬季は水の確保も課題なわけです。
その他にも常に振り続ける雪に小屋が埋まってしまわないように降雪のたびに山荘周辺の除雪作業をおこなったりなどやるべきことは山のようにあります。
ここまでは厳冬期特有の作業ですが、これに加えてスリーシーズンのみ営業の他の山小屋と同じ仕事も当然こなしていくわけです。接客、調理、清掃、納品、出納、寝具の管理など山小屋での仕事は枚挙にいとまがありません。

あるシーズン、12月の冬の西穂の計画した日がちょうどクリスマス間近だったことがありました。

この日はクリスマスイベント開催日で、楽しいイベントや特別メニューの食事やデザートなどとても楽しいひと時を過ごすことができました。写真は2015年のクリスマスです。わたしは写真を取るときどうしても人を入れないようにシャッターを切るので、なんだか寂しく写っていますが、実際はこの後ろ側で大変盛り上がっていました。話を聞くと年を重ねる毎にボリュームアップして一層盛り上がっているとか。盛り上がるといえば西穂山荘の年末年始の年越しイベントは有名ですね。


話を整理しましょう。
ただ単に登山者に宿泊する場と食事を提供するだけ考えるなら最低限のことだけすればいいのだと思います。 それでも冬季という物資輸送の限られた時期にこれまで述べてきたことを提供するというのは、単に「客が来たので布団出して食事作る」というのではなく、「せっかく来ていただいたので少しでも楽しい思い出を作って欲しい」というスタッフ始め管理者の思いが伝わって来ますし、そこにプロ意識というのが見えて来ます。スタッフの皆様は本当に効率よくたくさんの仕事をこなしています。でも「大変だ〜」といった雰囲気は一切感じさせられません。

もちろん日本全国には数多くの山小屋があり全ての山小屋が同じ考えではないと思います。登山がメジャーになり、山に入る人が増え、情報が過剰なまでにオープンになってきた昨今、山小屋のあるべき姿を今一度議論しないといけないのかもしれません。それでも数多くある考え方の一つとして西穂山荘でのひと時はとても暖かく楽しいものです。だからこそ気象条件が悪く終始吹雪であっても不思議と満足感があります。





さて、翌日は予報通り天気は回復していました。昨日とはうってかわって快晴です。

雪質はどうでしょうか? まずは独標まで登ってみて先に進むかどうか判断することにしましょう。さあ、稜線に向けて出発です。









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